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小児精神科医でハーバード大学准教授であり、9歳、8歳、3歳の男の子を育てる母親でもある内田舞先生。この度『小児精神科医で3児の母が伝える子育てで悩んだ時に親が大切にしたいこと』を出版した内田先生にインタビュー。「育児の質を高めるには親自身が自分の人生を大切にすることが大切」という内田先生に、詳しく話を聞きました。
ーー今回の本を出版したきっかけ、理由を教えてください。
内田先生(以下、内田)今は終了してしまったYouTubeチャンネルの番組に出演していたとき、視聴者からの子育て相談に答え、その内容をまとめて書籍化しようという企画が持ちあがったことが最初のきっかけでした。番組の変化によって、残念ながらライブで直接答えられる機会はなかったのですが、視聴者の方から寄せられた悩みは、どれも本当に胸を締め付けられるようなエピソードが多かったんです。
共通していたのは、「親としてこれでいいのだろうか」と自分の判断に自信が持てない不安や、「子育てはこうあるべき」という世間からのプレッシャーの中で自分の選択が正しいのかどうかを迷う気持ちでした。そうした普遍的なテーマについて、メッセージを届けたいと思い、書籍としてまとめることを決めました。
ーー「はじめに」の章では「エビデンス育児」の広がりに警鐘をならしています。
内田日本では最近「エビデンス育児」という言葉が広まりつつあると聞きますが、その言葉が独り歩きしている印象もあります。私は科学者なので、エビデンスやデータの重要性はよく理解していますが、同時にエビデンスとは「どのようなデータを、どのように取得し、どのように解析し、どのように解釈し、何に適用できるのか」という一連のプロセスがすべて重要であることも、日々の仕事を通じて実感しています。
とくに子育てに関するエビデンスは、多くの人における傾向を示すものであって、それが目の前の個人にとっての正解かどうかは別問題です。正解であることもあれば、そうでないこともある。しかも、それは時と場合によって変わることもあります。しかし、多くの人は「エビデンスでこれが良いと証明されました」という白黒はっきりした結論だけを見ているように感じます。
――子育てに悩んでいると、どうしてもすぐに「正解」を求めたくなってしまいますよね。
内田正解があったらどんなに楽だろう、と思うことは私にもたくさんあります。子育てで毎日判断を下すのは、とても大変なこと。脳のエネルギーをたくさん使いますし、常に「これでよかったのか」と自問自答しています。
でも私たち親はいろいろと考えて選択や判断をしているから自信を持っていいと思いますし、たとえ間違っていたとしても、子育ては一発勝負ではありません。訂正するチャンスは何度でもありますから。私がいちばん伝えたかったのは「完璧を目指す必要はない」というメッセージかもしれません。
ーー9歳、8歳、3歳の男の子を育てる内田先生ですが、最近子育てで悩んだのはどんなことですか?
内田まさに昨日(取材前日)、印象的なできごとがありました。長男にはとても仲の良い友だちが2人いて、3人でよく一緒に遊んでいるのですが、先週末はその友人2人が泊まりがけで遊びに行って、長男は誘われなかったんです。
私は「どうして長男は誘われなかったんだろう」、「長男は本当は傷ついているんじゃないか」といろいろ考えてしまいました。「友だち2人は同じサッカーチームだから、親同士の送迎で話が進んだのかな」とか、「長男は週末に夫との予定があったからかな」とか、誘われなかった理由をあれこれ考え、長男を慰めようと説明してみたのですが、彼自身はほとんど気にしていないように見えました。
そして昨夜、家族で近所のレストランに食事に行ったら、長男の友人の1人が家族と食事に来ていて「ちょうど帰ってきたところなんだよ」と話してくれました。そして「今度は一緒に行ける日を見つけようよ」と言ってくれて、自然と次の機会の話になったんです。友だちと話す長男の楽しそうな様子を見て、長男の問題なのに私が勝手にあれこれと心配していたことに気づき、はっとしました。
同時に、やっぱり親子だけど違う人間なんだとも感じました。「私だったらこう思うから、こうしたほうがいい」と先回りして考える必要はないんだな、と。私にできることがあるとすれば、息子が助けを求めてきたときに、ちゃんと応えられるような関係性を築くこと。それがいちばん大切なんだろうなと、昨日の出来事を通して強く思いました。
ーー先生も、子どもの問題を自分のことのように考えてしまうことがあるんですね。今回の先生の本で印象的だったのは「バウンダリー(境界)」の話です。子どもの意思を尊重するには、子どもが親に「ノー」と言える関係を作ることも大切だと思いますが、日常的にどうかかわればいいでしょうか。
内田バウンダリーとは、相手に「これ以上は入ってきてほしくない」と示す、自分と人とを隔てる境目のこと。自分と他者を区別し、お互いを認め合うことです。バウンダリーを尊重することは、相手の「ノー」を尊重することでもあります。
日本では、子どもに限らず、大人でも「ノー」と言える機会が限られているのではないでしょうか。例えば、日本で働いていると自分の意思とは関係なく部署異動が命じられることがありますし、個人の希望や事情が配慮されないケースも少なくないと聞きます。アメリカでは、専門性を生かしながらキャリアを築いていくのが一般的で、家族の事情やライフスタイルも考慮され、転勤やスケジュールの調整も話し合いで決まります。会社からの辞令に「ノー」と言えないという状況は、アメリカで生活している私にとっては信じがたいことです。
そうした社会的な環境の中で「子どもがノーと言えるように育てましょう」と言われても、どうしたらいいのか分からないのは当然です。さらに、子どもの「ノー」が受け入れられる環境がなければ意味がありません。
ーーたしかにそうですね。
内田子どもが「ノー」と言えるようになるには、「ノー」と言ったことで何かが変わったという成功体験が必要です。「ノー」だけでなく、「こうしたらどう?」という提案や質問でも構いません。子どもの発言に対して、親や大人が真剣に受け止めて話し合うと、子どもは自分の意見が尊重される経験を重ね、「ノー」も言いやすくなります。
逆に、「ノー」と言ったら怒られる、「ノー」と言っても結局は命令に従わされるという経験ばかりしていると、当然ながら「ノー」と言えなくなってしまいます。これは社会全体の問題であり、子ども以上に大人が変わらなければならない部分だと思います。
ーー時間がかかるとしても、私たちが社会の価値観を変えていかなければなりませんね。一方で、家庭でできることはありますか?
内田社会全体の構造はすぐには変えられませんが、家庭の中ではある程度、自分たちのルールや雰囲気をつくることができます。もちろん、親として子どもの「ノー」を受け入れられない場面もたくさんあります。例えば、歯磨きをしたくないと言われても、「それはやったほうがいいよ」と伝える必要がありますし、道路に飛び出そうとしたら急いで止めなければなりません。
衛生面のことや、社会ルール以外のことで、子どもが親と違う提案をしたときに、それを一度ちゃんと考えてあげるという姿勢を持つと、子どもの感じ方は大きく変わると思います。子どものほうが良いアイデアを持っていることもたくさんありますよね。
ーー先生は日常的にどんなふうに受け止めていますか?
内田長男は最近オムライス作りにハマっていて、ふわふわのオムレツをライスにのせナイフで切って作るとろとろオムライスを目指して頑張っています。「火力を上げたほうがいいかも」「フライパンを動かしたほうがいいね」と、いろいろとアイデアを試しています。横で見ていると口を出したくもなるんですけど、ぐっとこらえています。うまくいかないこともあるけれど、それも経験。
親として伝えるべきことは伝えつつ、どうするかは子どもに任せる。危険なこと以外は、失敗してもいいし、子どもに任せてみるのも大切だと思います。
ーー最後に、子育て中の読者にメッセージをお願いします。
内田今回出版した本の中で、特に反響が大きかったのが「親子はダブル主演でいい」という言葉でした。子どもを持つと、1日を子ども優先で過ごすようになりますよね。子どもにすべての主役の座を譲り、自分は常に脇役に徹するような構造が無意識のうちに作られてしまいます。
でも、育児をしている人が、自分のやりたいことに挑戦してもいいし、大切にしたいことを優先して子どもに100%を注げない場面があってもいいはずです。もちろん、それはバランスの問題であって「育児を放棄してもいい」と言っているわけではありません。
自分を大切にすることは育児放棄ではないはずなのに、今の社会では、子どもを預けてランチに行くような少しのことでも、「育児放棄」と言われてしまうような空気があります。でも、自分を大切にする時間を持つことは、育児の質を高めるためにも必要なことです。
だからこそ、私は日本の親たちに「自分自身の人生をもっと大切にしてほしい」と伝えたいです。親としてだけでなく、自分の人生を生きること、自分の価値を認めること、それが結果的に子どもにとっても良い影響を与えると信じています。
(解説:内田舞先生取材・文:早川奈緒子)
この記事のライター
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